東大で学んだ卒論の書き方★論文の書き方
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東大で学んだ卒業論文の書き方
(C) 中田 亨 (独立行政法人 産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センター 研究員)
2003年10月15日初版。2005年6月22日最終改訂。
工学部の標準的な卒論の書き方について説明します。修士論文でも博士論文でも書き方は同じです。
卒論とは?
- 他人の真似ではないアイデアが、
- それが理論的に可能である理由、
- やってみた証拠、
- どんなふうに役に立つか、
とともに記述されている、組織立った文書。
卒論は習作であり、基準は甘い。対外発表論文では第1条は「他人のアイデアより明らかに優れたアイデア」と厳しくなる。
標準的な卒論の構成
題目: 説明的なタイトルを付ける。例えば「人体計測装置の研究」では舌足らずであり、「赤外線平行投影法を用いた人体計測装置」とか、「海中でも使用可能な人体計測装置」などがよい。(私の上司の金出武雄氏の方式)。
要約: この研究が新聞記事になったなら・・・と、イメージして要領よくまとめる。
第1章 序論
- 1−1 背景:
研究する理由を書く。
「どんな議論でも、まず始めに、異論の無い出発点を提示しなければならぬ」(アポロニアのディオゲネス)
- 1−2 関連研究: 分野の小史。学界の流れから見た本研究の位置付けを予告するように誘導する。
- 1−3 本研究のねらい: 類似研究のどこを真似しないのか、自分はどこらへんを掘り下げるのかをちらっと書く。
第2章 理論と実施計画
- 2−1 理論: 「あれは○○○だから」
- 2−2 計画: 「あーしてこーすると△△△が分る・出来ると考える」
第3章 道具や作ったものの説明 : 無くてもよい。計画で目論んだ機能を、どのような“からくり”で実現するるかについて、対応付けながら記述する。いわゆるスペックデータであっても、要求機能に対応しない些末な事ならば、ここでは書かなくて良い。
- 3−1 全体機能とサブ機能の構造: 「システム全体としてあーするために、○○と○○と○○の機能を備えさせる」
- 3−2 ○○機能の実現形態: 「○○機能を担当するシステム要素は、△△を用いて設計・実現した」
- 3−3 ○○機能の実現形態: 以下同様
第4章 やってみたこと(実験など) : 第3章と比較すると、ここでは何か特別な目的をもって重点的に行ったことについて詳しく述べる。
- 4−1 実験目的 : 「○○○を確かめることを目的とする」
- 4−2 手順 : 「△△△をしたら」
- 4−3 結果 : 「□□□という結果が出た」
- 4−4 考察 : 「結果はつまり◎◎◎ということだから、これで○○○が確かめられた」。
実験を複数行った場合は、「やってみたこと」の章を追加する。
第5章 結論: 「要するに〜〜〜だった」。
こんな表を掲げておけばよい。
<<<結論表>>> 課題番号 課題 従来技術の水準(課題にまとめても可) どうあるべきか(本研究の解決策にまとめても可) 本研究の解決策 結果 1 地上を汚染する放射能を除去すること 放射能除去装置が存在しない。 イスカンダルの放射能除去装置の入手 イスカンダルへ入手部隊の派遣 350日で帰還。装置入手。乗組員5割損耗。 1−A (サブ課題) 地球からイスカンダルへ往還すること 移動手段はあるが、経路上にて妨害する敵対武装勢力に対抗できない。 移動手段の武装化 沖縄近海に沈没している大型戦艦を改修し使用。新型砲の実装。 乗組員5000人の戦艦製作。砲出力200メガジュール。
<<<結論表 まじめバージョン>>> 課題番号 課題 従来技術の水準(課題にまとめても可) どうあるべきか(本研究の解決策にまとめても可) 本研究の解決策 結果 2 多すぎて使いにくいボタンを省くこと デザイン優先や寸法制約のため、勘で設計。又は使用頻度の少ないボタンを削除。 ユーザの認知的負担に見合った設計。 ボタン操作を情報伝達効率から評価。 本手法での改良設計案は統計的に有意な差を以て使いやすいことを実験で確認。 2−A ボタン操作の情報伝達効率から評価 前例なし。通信関係では情報伝達の評価法が提案されている。 操作場面の変化に対してユーザの入力が変化する量を計る。 操作場面と押下ボタンの組み合わせ事象で情報エントロピを評価する。 1操作あたりの情報エントロピを実験で計測成功。 謝辞: 研究指導者、研究資金源への謝辞。○○○に迷った・困った時に、誰に▽▽▽と教えてもらった、など。研究過程の実態がにじみ出るので、非常によく読まれる部分である。
参考文献: 本文で引用しているものだけをリストにする。
- 本数が足りないなと思う場合は、大型書店に行き、専門書の本棚を眺めてみることである。東京なら、八重洲ブックセンター(東京駅八重洲口)、神保町の書泉グランデ、池袋のジュンク堂、渋谷のブックファースト、渋谷の大盛堂、神保町の三省堂などである。必ず関連する本が見つかるはずである。関連する本を全部買うことはできないが、分野の歴史を調査できる。
- 最近の研究に関する文献を充実させるには、講演会などの2ページ程度の短い論文でもばんばん集める。WWWページでもよい。
- 参考文献リストでは、それぞれどんな書物なのか1〜2行の注釈をつける。
- 純然たるマニュアルやプログラム言語の教科書などは取り上げない。
付録資料: 図面、装置の操作方法のコツや、失敗したこと、論文には結び付けなかった仕事や実験、プログラムリストなどを、後輩の助けのために付ける。卒論審査には関係ないので、審査後に製本する際に差し入れて間に合う。あまり早めから差し入れると印刷が大変になることもある。
速く楽に書くための心得
速く楽に書くコツは、「広く浅く書いて積み上げる」ことと「人に見せる」ことである。
- 「まず図と写真を用意する。図も写真も無いものは書けない」(論より証拠の原則)
- 「全体のアウトラインを決める」(結論表を作る。結論表から目次を作る。各部分で何を書く予定か箇条書きにする。)
- 「書きやすいところから書く」(軟弱者の原則。装置の説明などから書く。)
- 「ある部分の2割が書けたら、他の部分の執筆に移る」(浮気者の原則)
- 「ある部分の8割が書けたら、他の部分の執筆に移る。10割の完成までは険しい」(浮気者の原則アゲイン)
- 「人に見せる」:先生や同僚に見せる。見せれば見せるほど、速く楽に書ける。
- 「客観と主観を同一部分に書かない」(「この値は7だった」と書くのはよいが、「この値は7と大きく素晴らしい」と書くのはダメである。)
- 「同じことを2度書かない」(同一の内容が複数回表れるのはダメ。同一の事柄について述べるにしても、見方や詳細度を変化させて書くこと。
例えば、ことがらAを、序論では課題としてのA、2章では概念・モデルとしてのA、3章では設計する上でのA、4章ではデータとしてのA、結論では要するにAは何だったか、と書く。
この筋を「話のたて糸」と言う。- 「迷子を作らない」
いずれのたて糸に乗っていない“迷子”の話題は、論文の欠陥である。結論に結びつかず無駄である。削ること。論文は彫刻。やったことの寄せ集めではダメ。
書き順
「難易度の低いものから書く」の原則に従って、次の順序で書く
- 謝辞:すぐ書こう!
- 図と写真:この量が論文の量を事実上決定する。
- 結論表の作成
- 道具説明の章のメモ(箇条書き程度のもの)
- やってみたことの章のメモ
- 参考文献のメモ
- その他の部分(難しい部分は当面は短く書くだけでもよい)
狭く深く書き進めると、論文の全体像が見えなくなるので注意。広く浅く書く。
いい論文とは何だろう?
- 他人とは違う題材や、他人とは違うやり方に、チャレンジしている研究の論文
- 読者が使いたくなる結果が載っている論文。(たとえ発想が平凡であっても、データが優れていて、同業者はこれを引用しないわけにはいかない論文。)
- 読者になるほどなと思わせる論文。つまり、読みやすく、分りやすく、結論が自然であるのに、類例がない論文。
どうすれば、そうなるか?:研究課題をできるだけ深く突き詰めて考え抜くこと。浮気しないこと。
ダメな論文を書く14の方法 (海原雄山口調でお読み下さい)
海原:「ぬうぅ、なんだこの論文は!
- 途中で印刷して紙の上で推敲しない。
- 執筆中に指導教官や同僚には、なるべく見せない。(「他人の文章の善し悪しはわかるが、自分の文章はわからない」(宮脇俊三))
- どこがどう難しいのかを記載しない。
- グラフはExcel様のなすがままに、いいかげんに作る。(グラフの軸目盛で有効数字を表現する方法って絶滅寸前か。)
- 図や写真を少なめにする。
- 理由は常に曖昧に。計画性がなく、思いつきの実験を少ない事例だけで実験したように思わせる。
- 精度とノイズレベルも曖昧に。(特に文系・マスコミの人は、測定誤差がデータの構成要素であることが理解できない。誤差というと自己否定にしか思えないらしい。米国の世論調査にはノイズレベルが明示されている。日本だと1%○○党有利などと平気で言う。)
- テーマの平凡さを、道具のすごさで誤魔化す。(最新のソフトウエアテクノロジを使ったり、値段の高い実験装置を使ったりすると、見栄えがよくなる)
- テーマの平凡さを、数式のすごさで誤魔化す。(文字はなるべくギリシャ文字を使用し、積分方程式で記述。一見難しそうに見えるが、実験の際には変数を定数であると強引に仮定すれば逃げられる。)
- 結論は「○○○が重要であることが分った」で締めておき、○○○が何にどうつながるのかは言わない。
- 結論では、出来なかったことの言い訳を並べる。出来たことの評価は深く考えずに書く。
- やりそこなったことを寄せ集めて「これらは将来課題である」とする。(「著者が読者の寛容を乞うのは無益である」(Louis Symond))
- 他人の論文を参考文献に取り上げる基準と理由はテキトーにする。
- 先輩の成果を書き写して、自分の考えや成果を曖昧にしておく。
海原:「こんな論文で学位を取ろうだの、笑止千万だ!」
ある推敲例
筆者がとある(粗製濫造気味の)論文を書いていた時、金出武雄先生に見てもらった。その時に論文執筆に関する金出理論をいろいろ教えていただいた。
★題名について:「AによるB」という題名なら、序論の部分で、本研究は「XによるB」より優れていることを言うか、「AによるX」が着眼点として優れていることを言うのだろうな、と読者は期待する。そうなっているか?
★見出しについて(1):見出しの呼応関係をチェックする。見出し一覧だけの表示にしてみる。(ワードならアウトラインモードレベル3表示。Texなら目次作成など。)見出しだけ読み進めて内容が類推できるか?突飛な話題変更や話題の断絶がないか確認する。
↓わかりにくい
第1章 序論
第2章 ワルラス安定性の理論
第3章 購買行動観測実験↓意味的な“つなぎ”が入った例
第1章 序論 −− ネット取引での購買者行動の分析の意義
第2章 ネット取引での価格決定過程 −− ワルラス安定性の理論
第3章 購買行動観測実験★見出しについて(2):論理展開のスピードがある程度一定でなければならない。論文の前の方で一般的な議論をゆっくりやっているのに、後半になって急に特定の実験に関する細かい説明を大急ぎにやると、読者はついていけいない。実際に自分がやったことに無理なく話題が収束するように、話題を予告・誘導する必要がある。論文題目名を例えば「大きな事:特定の事」と副題を添えた構成にすると、話題が予告できる。
★見出しについて(3):見出しは説明的でなければならない。ありふれた「序論」とか「方法」というのは内容が不明である。(もっとも心理学の学界などでは、論文構成の統一のために、見出しが固定になっていることもある。)
★見出しについて(4):章・節・サブ節とつながる時に、章見出しの後にすぐ節見出しが来るのはわかりにくい。間に説明を入れること。
↓わかりにくい
第2章: 高速配達郵便
第2.1節 気送管郵便
気送管郵便とは云々・・・↓親切
第2章: 高速配達郵便
高速配達郵便とは、新技術を用いて通常より速く配達する郵便である。主に、気送管郵便、航空郵便、電送郵便が用いられる。
第2.1節 気送管郵便
気送管郵便とは云々・・・↓無意味
第2章: 高速配達郵便
本章は、高速配達郵便について説明する。
第2.1節 気送管郵便
気送管郵便とは云々・・・★文章間のつながり:文章の論旨の飛躍を防ぐために、章と章、段落と段落、文と文の間で、次の2つの継承に気を配る。
(1)頻出単語の連携:盛んに使われている単語を抜き出してみる。前の頻出語と後の頻出語は、内容的に関連性のある言葉か?内容的に突飛ではないか?
頻出単語の突飛な継承例:「戦国武将」→「ジョギング対決」→「スペースシャトル」
こうなると、たとえ論理的につながっていても、読者は混乱する。出現頻度の特に高い単語は、使用を始める前に別段に段落を立てて、論じる理由を説明するべきである。
(2)論理の継承:前段の主張内容を、後段でどう料理しているか。「問題提起→解決策の検討」「分野の発展の歴史→次にできそうなことの考察」、「概念の登場→その内容の説明」など。
★情報の濃度:一般的な言辞を入れると、内容が薄くなり、読者はかったるくなる。
例:「以上の考察を踏まえ、次の結論を得る。」←内容が無い割に長い。こんな言辞は削除していい。
無駄な表現は、副詞句や接続詞などに多い。削除を検討すべし。★読者の注目度:読者の関心は、冒頭が最大で、中間は中だるみし、終わりに少し持ち直す。よって、論文の頭、章の頭、段落の頭が、最も注目される。ここで、内容を大づかみかつ明解に説明するべし。判ってもらえないと、次の段に読み飛ばされる。
★ストーリー展開:論文には物語性がある。「私はこう考えました。こうやってみました。するとこれが解りました」という研究物語になっている。このストーリー展開を乱すものは、途中での詳しすぎる説明や、内容的な蛇足である。論文の明解さを保つために、これらは付録に回してみることを検討せよ。
実験の計画
「実験にかかる莫大な費用・労力・時間・失敗を考えれば、速戦速勝が最良の方策である」(孫子)
「やらなきゃいけないことをやるだけさ。だからうまくいくんだよ」(Bob Dylan)実験の目的、つまり「何を確かめるか」を明らかにして、それを確かめるだけの必要最低限の実験を計画すべきである。計画には智恵を振り絞ること。
重要度が乏しく、理論で充分な予測と説明が可能な現象は、実験すべきでない。しかし大抵の現象は、こうした常識的に予測できる(と思われている)現象であろう。
「やってみなければ判らないこと」と、「やらなくてもいいこと」の嗅ぎ分けはどうすればよいか。次の格言を銘記されたい。
★格言その1:「論文を書いてから実験する」(ランドシュタイナー)
「勝ってから戦え」(孫子)予期される想像データを書き込んで論文を先に仮仕上げする。(全体にわたって1割程度書いて止める。)それをみんなで読んでみる。データはちゃんとした証拠になりえるだろうか?論文のレベルは充分だろうか?やるべき実験が明確になる。
この戦法は、職業研究者にとっては当たり前である。研究費申請書や特許明細書などの目論見書(=実測データが無いことを除いては実質的な論文)を書いてから、証拠として必要かつ充分の実験を行う。 しかし、この手間を省く人が多すぎる。
大学では、卒論開始後半年ぐらいすると中間発表会なるものが開催され、それまでの進捗を発表する。このときに想定架空データを書き入れないと、無意味である。
★格言その2:「自然の真理を知りたければ、優しく尋問してもだめである。自然を拷問にかけるべし」(ロジャー・ベーコン)
「敵の主力軍を、我が方の望む場所と日時に誘き出し一気に決着をつける」(孫子)極端な例にて実験した方が、平凡な条件で実験を重ねるより、真理が露呈しやすい。「ともかく、ちょっと実験してみるか」と思ったら、まず極端な実験条件で試してみるべきである。メートルをミクロンに、グラムをトンに、etc。
小樽港百年耐久性試験のように、19世紀から現在まで続いている実験がある。データが素晴らしい研究である。速戦速勝といっても、実験期間そのものが短かければいいのではない。無駄なことを実験しないで、価値のあることを追求することが良い。
★格言その3:「みんなと逆のことをやれば、だいたい正解である。大多数の人間は間違っている」(マーヴィン・ミンスキー。金出武雄「素人のように考え、玄人として実行する」より)
「敵の虚を衝けば快進撃できる」(孫子)先輩や専門家が口を揃えて「そんなのは無理!」ということは大抵、なぜか、実現可能である。(ロボット工学では、ホンダの二足歩行ロボットは一大センセーションであった。)
問題の前提を洗い直すことがコツである。例えば、永久機関は不可能であるが、実質的に同等な無料機関(太陽電池駆動や自動巻時計など)は可能である。
さらに、技術の進歩はすさまじく速いので、既に正攻法で解決可能な問題であっても、不可能と見なされたままのものも多い。
研究の心得
筆者が東大先端研にいたときに井街宏教授の授業で聞いたものをかなり含む。
- 下手でも気にするな。
- 良いものは真似せよ。
- 工夫しろ。
- 道具を揃えろ。
- アイデアはすぐに具体化せよ。アイデアは天の恵み。だがすぐに他人に追いつかれる。
- 論より証拠。考えるだけではだめ。
- 専門家や本の言うことを安易に鵜呑みにするな。これらは断定的に語りがちである。
- 自分なりの仮説を常に持て。
- 統計結果を結果と思うな。それが何を意味し、何に使えるのか、生産的に考える。
- 逃げ腰は禁。弱気で成功する研究など、もう残っていない。
- 自分の専門を限定するな。
- 包括的に考えろ。鳥の視点から見渡す。
- 凝るな。凝ったアイデアより素朴なアイデア。問題に突き当たったら、直接的で露骨な力技に走るよりも、問題の前提を洗い直す。問題を分解する。「AもBも行うもの」は得難いが、バラバラにできるなら簡単になる。いっそAなしでBは出来ないか。思考の惰性を無くす。
論文のページ数
S.M. Ulam and J. von Neumann: “On combination of stochastic and deterministic processes,” Bull. Amer. Math. Soc., Vol.53, p.1120, 1947.
この論文はたった13行しかないが、科学史に残る極めて重要な論文である。“重要”とは、よく引用される論文という意味である。このように内容が良ければページ数は、一般論としては、関係ない。
しかし、内容を論より証拠で示すことが求められる。そうすると、論文は自然と長くなる。証拠を丁寧に記述して、自然と長くなった分だけを論文とすればよい。
わざと長くする必要は全くない。かえって読みにくくなる。
第2次世界大戦中、英国首相チャーチルは、日々送られてくる膨大な文書を選別する基準として、「1ページをはみだした文書は読むに値しない」と、捨ててしまったそうである。簡潔な報告書は、内容の価値が高いのである。
字は大きいほうが読みやすい。紙の無駄になるが、文字の大きさは12ポイントぐらいが良いと、私は思う。行間は1行とばし程度が、添削する上でも便利である。年配の教官や審査員が読むことを考えると、この書式が良い。会社や役所で偉い人に読んでもらう内部文章もこの書式が多い。(ちなみにデキる社員は、必ず読んでもらいたい部分に赤線を引く。)いかにも原稿という雰囲気がする。よく読んで考えてみようという気になる。
(この組版、学生は雑誌や文庫本しか活字に馴染みがないのか、妙に受けが悪い。まあ結局は、大学当局が定めている書式の規定に従う場合が多いのだが。)
研究と不正行為
残念ながら、自然科学研究にからんだ不正行為は、程度の差はあれ、ある程度の割合で行われていると考えられる。実際、大きな事件(最近だとウンウンヘキシウム元素捏造事件)なら新聞沙汰になっているし、小さな事件でも米国では不正を監視する役所が不正調査結果を公表している。
卒論研究は教育訓練であり、研究成果の質は問われない。(「何を考え、何をやり、何が起こり、何が分かったか」を報告すれば満点である。)したがって、本来は不正をする理由はあまりなく、学生の見栄程度である。しかし、卒論→口頭発表→学会誌発表→学界的権利化(研究資金の申請、学生の進学先や仕事のポスト探し)→金銭的権利化(特許や製品化)と進んでいくと、不正への誘惑が増し、事件性も帯びてくる。
よくある不正行為:
- データの操作:データの捏造(data fabrication)。不利データの隠蔽。データ処理方法の乱用。
- 盗用:他人の努力を自分のものにする。貢献していない人が執筆者リストに入る(Gift authorship, 研究業績のプレゼント行為)。
- 業績の水増し:重複投稿。
- 知的財産権の窃盗:アイデアを考えついた人に発明の権利が付与されるという法を破ること。職務発明は慣例や法解釈が変化しつつあり、青色LED裁判などで注目されている。学生の発明については、学生の権利保護のための制度化が遅れている。
不正が露見すると、対外的信用失墜、就職取り消し、研究資金申請の禁止などの罰が待ちかまえている。研究者としては事実上の死である。
しかし、不正を実態的に防止するための、取締り法・規則、不正告発を受け捜査する専従組織、業績の正当性を保証する学会制度、研究者の意識などはかなり不十分である。ばれない、すぐにはばれない、ばれたとて大したことないと、制度の不備が誘惑を助長している向きもある。
「嘘をついてもどうせ追試や実用化段階でばれるから厳重な検査は無用」と楽観して、どこの国でも防止策がまじめに考えられてこなかった。だが現実の事件に多いのは、
- 「データの偽造ではなく、正当なノイズ処理なのだ」(事後にノイズ処理法を選択をしてはいけない。実験前に処理方法を確定しなければいけない。不利なデータの存在を隠してはいけない。)
- 「たまたま今回の実験では調子が悪かっただけで、理論上は上手くいくはずだから、願望のデータを書いてもいいのだ」(だったら実験をやり直せ。投稿の機会は後にいくらでもある。)
- 「研究ポスト獲得のための論文が必要で一か八か発表してみた」
- 「他人は追試や実用化をしないマイナーな実験なので、ばれないだろう」
- 「できるといった手前、引っ込みがつかなくなった」
- 「学界から離れた業界に就職するから、やり逃げ」
などの理由である。いずれにしても「正々の旗、堂々の陣」ではない。
PTENデータ捏造事件では、Nature Medicine に発表した論文に著者が14人もいる。いざ露見すると1人だけが悪いことで収めようとしている。Gift authorshipを逆手にとって責任追及を逃れるとはスゴイ。
また厳格査読を誇るNature Medicineといえども、査読段階でチェックできないことも分かる。医学関係などの現象は、理論による完全説明が難しい場合があり、そうした分野では査読は困難になる。しかし、著者14人はかなり胡散臭い。編集部はその点を追及するべきだったが、してない。
トップ・クォーク発見論文 (“Observation of the Top Quark,” 1995)は著者が403人もいる。403人全員がそれぞれの部分を独立で主体的に発想したということになる。一人当たり何文字か。明らかに、研究資金獲得グループメンバ(≠発見者)や機械操作員や傍観的上司が、発見者(=責任著者)に混じっている。著者リストはアルファベット順なので、労力・才能・幸運・名誉を等分している。本当に働いた人が哀れである。(仮に、N等分されているとする。しかし業績には非線形性があり、N<403なのが誘惑の元である。)
誘惑は常にある。研究指導者は、学生がデータにごまかしをしていないか、かなり厳重に監視する必要がある。
誘惑にかられている学生は、無理をすることはない。不成功なら不成功なりに報告すればよい。1年や2年、留年して研究をまっとうに仕上げる道もある。研究室を変えるもの楽しい。中退でも高学歴である。不正はネットにいつまでも書き残されるのでキツイ!
大学院進学を考えている人は、下記の本を読んで考えて下さい。
- 米国科学アカデミー編、「科学者をめざす君たちへ −科学者の責任ある行動とは−」、化学同人、1996年。
- 山崎茂明、「科学者の不正行為 −捏造・偽造・盗用−」、丸善、2002年。
「秀才は学者には向かない。研究をすればするほど、自分の無知をさらけ出し、批判を素直に受けねばならなくなる。成績の良い秀才のプライドには耐え難い」(森嶋通夫)
書くための道具
音声合成ソフト(Text-To-Speech, TTS):
書いた文章を読み上げさせる。目をつぶって聞いてみて、我ながら分かりにくい箇所は修正する。
最近はパソコンのおまけについてくるぐらいお安くなりました。フリーソフトもある。LaTeX:
(長所) 数式が美しく、番号整理も自動で便利。学会誌でもLaTeXの原稿を受け付けるところが多いので、学会誌投稿の場合に原稿ファイルの流用ができる。テキストエディタは自分の好きなものを使える。基本的に無料で使える(自宅PCと学校PCの両方にインストールしても金がかからない)。
(短所) 難しい。あれもこれも出来る反面、あれもこれも命令名を知らないと出来ない。バージョン違いや方言が多く、これを克服しないと1ページも出来ないことがある。またエラーの表示内容が、時代遅れ・不親切・意味不明である。インストールの設定が面倒(PC買い替えごとにインストールするのは意外と面倒である)。ソフトウエア部品の権利関係が複雑で、環境一揃いを一発インストールができない。書類のスタイルを変更することは素人には難しい。スペルチェックがやりづらい。参考書に金がかかる。いつまで流通するのか不安。分野によって普及度がまちまちである。一般の人はまず知らない。OpenOffice:ワードのパチモン(出来は良い)。
(長所) 無料。Linuxでも使える。スペルチェック付き。お絵かきソフトやパワポのパチモン付き。PDF形式やFlush形式にて出力可能。こうしたオマケがお得で普及しそう。
(短所) 歴史が浅いのでまだまだ動作不安定。パチモンゆえワードの長所も欠点もそのままなぞっている。ワード:
(長所) 操作が簡単。スペルチェックとシソーラス(!!!)機能がある。普及率が高い(未来の職場においてもファイルを読める可能性が高い)。図や数式の張り込みが直感的に出来る。パソコンを買うと抱き合わせで付いてきていることが多い。
(短所) 段落の設定や図の配置などで不安定な挙動が多い。文献番号の整理などの高度なことは出来ない。長大な論文になると動作が遅くなる。値段が高い(OpenOfficeという無料のパチモンがある)。
よくレイアウト関係のトラブルに対する助言として、「テキストボックスを使え」とか、「アンカーをうまく設定せよ」とか、「プロパティーを開いて、レイアウトを行内をやめて四角にせよ」とか、「文字列と一緒に移動するのチェックボックスをオフにせよ」とか言われるが、何をやっても駄目な時は駄目である。まあ卒論はページ数の制限がないので、潔くダサいデザインを甘受する。Adobe Pagemaker :
(長所) 操作が簡単なわりに、複雑なこともできる。文書作成ソフトのなのでは一番バランスが取れているのではないか。簡単にPDFに変換できる。
(短所) 値段が高い(プロ向けと商品規定してあり、安くしてシェアを取るという態度をとっていない)。複雑なことをするには練習を要する。エディタ部分が貧弱。普及率は微妙。普通のHTMLエディタ:
実はこれでも書ける。数式を作ることが難しい。というわけで、一般的な選択の目安は、
- お絵かきソフトやプレゼンソフトまで一揃え欲しい → OpenOffice
- 学会誌投稿を考えている → Latex か Pagemaker
- 楽して書けるなら、体裁が悪くても、気にしない → ワードかOpenOffice
- 英語で書く → ワード(シソーラスがありがたい)。OpenOfficeかPagemakerでもまあOK
- 思い通りのレイアウトにしたい → Pagemaker
- 論文原稿を5年後の職場でも利用したい → ワードかOpenOfficeかHTMLエディタ
- WWWに貼って読者を増やしたい → OpenOffice, HTMLエディタ
参考:筆者の博士論文
博士論文「ペット動物の対人心理作用のロボットにおける構築」(PDF 2.9MB)
Windows版jLatexを使用して執筆。(ちなみに審査員の受けはイマイチで、防衛に結構苦労した。)
エンジニア・職業研究者をめざす学生のための本
就職の方向で検討している人へ
- 草間俊介、畑村洋太郎、「東大で教えた社会人学 人生の設計篇」、2005年。文藝春秋、1400円+税。
技術者の能力のピークは28才で、技術者としての定年は35才。嗚呼、早い。三十路を過ぎると理系能力と体力は下がる。理系の人は、物相手の実験は好きであるが、実は人付き合いが下手で、技術屋の殻に閉じこもりがち。仕事の総合的企画推進能力を培っていないので、35才からの上級職出世コースに乗れない。狭い日本に、土地は輸入でき、実際輸入しているので地価は下がり続ける。などなど。- キングスレイ・ウォード、「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」、新潮文庫。
基本の書。「ガルシアへの書簡」をネット検索してみよう。「What's the matter with Charlie doing it?」- 畑村洋太郎(編著)、「実際の設計 第4巻 こうして決めた」、日刊工業新聞社、2002年。4800円+税。
実験の進め方から人生設計(転職・留学・離婚など)までカバーする本。論文で何を書くべきかが自ずから判る。学者志望の人へ
- 立花隆、「青春漂流」、講談社文庫。
若くして大成した人たちの、知られざる波乱の青春を取材したもの。人生は選択の連続で、大学を選ぶ、研究室を選ぶ、研究テーマを選ぶなどは、いずれも重大なギャンブルである。そこで成功する人には、ある決まった性格傾向があることが、本書を読めば判る。- 森嶋通夫、「学校・学歴・人生 私の教育提言」、岩波ジュニア新書。
入学試験はペーパーテストで平等主義なのに、就職採用は全人格的評価で縁故主義。学歴とは何の役にどれほど立つのか考えさせる本。「大学院」という名前の上級学校を、目の前にぶら下げられると、本当は学問嫌いな人でも進学したくなる、とか心理学的な考察もある。- マックス・ウェーバー、「職業としての学問」、岩波文庫、378円。
「学者となるに必要なのは金と運!」と冒頭で宣言している。そうです。そのとおりです。経済力の無い学生は、大学院生活でかなり不利だし、運の無い学生は学位が取れない。どうすれば学者になれるかを考える本。本書は講演の書き起こしなので短い。進路についてどーもイメージが湧かない人へ
- ルイス・ガースナー、「巨象も踊る」、日本経済新聞社。
IBMの経営立て直しの話。研究成果が即製品になる企業がいかにして転落し、復活したかが書いてある。社会人の存在とは顧客によって定義されることを認識させられる。- 山口瞳、開高健、「やってみなはれ みとくんなはれ」、新潮文庫。
日本では製造不可能と言われたウィスキーの開発史。経営論、社会人論でもある。- 厚谷襄児、「経済法」 放送大学教材。
“公正な”競争と、私的独占(=違法)と、特許(技術)による独占(=合法)は、どこで区別をつけるのか。企業の法令遵守(コンプライアンス)とは何か。安泰な大企業がなぜわざわざ法律違反をする(したと問われる)のか。企業や経済とはそもそも何なのか。情報はそもそも独占的である。技術という情報とコンプライアンスは共存できるのか。- 留学してみる?
卒論の代筆屋さん
「いらっしゃいませ。卒論の代筆ですね。
どんな内容ですか?
要点や構成のメモを書いてください。
メモを拝見・・・
この章では何を書けばいいですか? この節では? 次の節では?
おっしゃったことテープに録音して、タイプしました。この文章に微調整して論文にしますね。
完成しました。さてお値段ですが・・・」結論:代書屋を使えるということは、ほとんど自力でできるということ。
余談
(1) 自分の意見を簡単に撤回してはいけない。なんでも「はい、そうします」と答える人間は、学生としての資格はない。金出氏曰く、「自分は研究テーマについて何ヶ月も考えてきた。あなたはそんなに長時間は考えていないはずである。すると、あなたの意見が正しくて、私の意見が間違っているということは、おかしい」。
(2) 「起承転結」は漢詩の作法です。科学論文の執筆には絶対に使わないように。
牀前看月光、疑是地上霜、挙頭望山月、低頭思故郷。(李白 静夜思)こんな感じの論文ではロジックが活きてこない。